折が良くても悪くても

 

  二学期の終わり、みんなでお祝いしたクリスマス。
 わが子が友だちとの人間関係の修行の只中にある年少・ひよこ組のAさんは、ページェント(降誕劇)をご覧になった後で、「うちの子も年長さんになったら、あのように立派に出来るのでしょうか…」と年長・ばら組の子どもたちの頼もしい姿に感動しておられました。
 「大丈夫ですよ。年少の子どもたちも今年の年長の子のように頼もしく大きくなりますよ!!」

 

  日々子どもと向き合い、格闘している最中は「いったい、いつになったら…」と出口の見えないトンネルの中にいるような感覚になって不安なことも多いでしょう。でも、そんなとき、「あぁ、二年後にはこんなに成長するのね」と間近によいモデルを見ることによって、見通しが立ち、不安のレベルを和らげることができます。
 幼稚園という集団の中で育つ意味はそういうところにあるのです。
 年少児は年長児のように何でもできるようになりたいと憧れ、年長児は小さい年少児の姿を見て可愛いと思い、必要とあらば手を貸してあげようと思います。
 また、年少児の親は、年長児を見て、「あのように大きくなるのだ」と期待し、年長児の親はわが子の成長を喜びつつ、一年前、二年前の子どもの姿と重ね合わせ、年少児の姿に愛しさを感じているのです。
 毎年、毎年、その繰り返しの中で、子どもたちは成長していくのです。

  また、三人の子育てをしているベテランママのMさんからは次のような感想が寄せられました。
 「毎年、幼稚園のページェントを楽しみにしています。園児数が多い時も、また、少ない時もそれぞれ味があって、本当に素晴らしいです。私は末っ子が卒園するまでに8回も見ることができてラッキーです。」
 なんという余裕でしょう!!

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  「 折が良くても悪くても 」    〔 新約聖書 第二テモテ4章2節 〕

  これは使徒パウロからテモテへ、「折が良くても悪くても(どのような時も)励んで、御言葉を宣べ伝えなさい」という宣教命令ですが、これを幼稚園の使命として置き換えてみますと…。

  今はどのような時なのでしょう。
 震災後、人々はその生き方を問われています。
  国会では幼保一体化についての議論が迷走しています。
  また、私たちの幼稚園ひとつにしても、園児数の多い時、少ない時、
いろいろあります。

 しかし、どのような時であろうとも、「子どもが愛され、肯定され、大切にされていることを感じながら育つ意義の深さ、子どもに関わり、その成長を喜ぶ営みの重要性」を語り続け、伝え続ける幼稚園でありたいと願っています。
 
 本年もよろしくお願い申し上げます。

                                                                                 〔 園 長  佐川 曜子 〕