クリスマスに寄せる思い

 

 子どもの頃、日曜学校でぺージェントをすることになり、どうしても博士の役をしたかったのですが、ふりあてられたのはただ聖書を読む役でした。「 こんな役はいやだ。博士になれないなら出ない! 」 私は大声で日曜学校の教師でもあった母に怒鳴りました。すると母は、「 わかりました。じゃ、あなたは見てなさい 」 と言ったのです。私はガッカリしました。どうしても博士になりたかったからです。きれいな衣装を付け、赤や青のライトをあびて歩く博士の姿はとてもカッコよく見えました。だからみんな博士になりたがったのです。しかし意地をはったせいでぺージェントに出られず、その年は劇が始まる時に部屋の灯りを消すだけの役でした。私にはとても悲しく寂しいクリスマスになってしまいした。

 

 でもこの思い出のお陰で、数年後のクリスマス礼拝でよく分かったことがありました。 「 イエス様は二千年前にお城や大きな家ではなく馬小屋でお生まれになりました。そこは神様の子が生まれる場所としてはあまりにも貧しく、粗末な場所でした。でもイエス様は貧しくて悲しい思いをしている人、いつも自分はひとりぼっちだと思っている人の気持ちがよく分かるようにわざわざ貧しく、寂しくて粗末な馬小屋でお生まれになったのです 」 というお話を聞いた時、本当にそうだなと実感したのです。

 

 東日本大震災によって、今も日本中が不安の中にあります。私は震災後に4回被災地を訪れましたが、毎回、何もできない自分の無力さを痛感しました。それでも、「 こうして来てくれることが嬉しいよ。これからも私たちのこと忘れないで、また来てください 」 という被災者の言葉に心が温められました。
 最初のクリスマスの時、最も暗く、寒く、寂しい場所にご自分の独り子イエス様を生まれるようにしてくださった神様は、2011年のクリスマスも同じように大きな愛でこの世界を包んでおられます。きっと今も一番暗く、悲しく、不安な思いで過ごしている人々に目を向けられ、共にいてくださいます。
 相愛幼稚園では今年も子どもたちによってページェントがささげられますが、それによって神様の愛を知り、ご一緒に心を温められたいと思います。

 

子どもの頃から随分時間が経った今でも、クリスマスになると思い出す詩を最後に紹介しましょう。

 

 「星を動かす少女」

 クリスマスのページェントで、
 日曜学校の上級生たちは
 三人の博士や牧羊者の群やマリヤなど
 それぞれ人の眼につく役をふりあてられたが、
 一人の少女は誰も見ていない舞台の背後に隠れ
 星を動かす役があたった

   「お母さん、
   私は今夜星を動かすの。
   見ていて頂戴ね―」

 その夜、堂に満ちた会衆は
 ベツレヘムの星を動かしたものが
 誰であるか気づかなかったけれど、
 彼女の母だけは知っていた。
 そこに少女の喜びがあった。
                   (松田 明三郎)

 

 神様はどんな人の人生にも必ず目を向けておられます。だからどんなに辛い状況の中でも喜び、生きることができるのです。クリスマスはその事実を、すべての人々に告げる出来事です。

〔 相愛教会牧師 真壁 巌 〕  

 

 

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         「 その光は、 まことの光で、 世に来て 全ての人を 照らすのである。 」
                                                                              〔 ヨハネによる福音書 1章9節 〕