親の祈り

 

神様
もっとよい私にしてください。
子どもの言うことをよく聞いてやり、
心の疑問に親切に答え、
子どもをよく理解する私にしてください。
理由なく子どもの心を傷つけることのないように
お助けください。
子どもの失敗を笑ったり怒ったりせず、
子どもの小さい間違いには目を閉じて、
良いところを見させてください。
良いところを心からほめてやり、
伸ばしてやることができますように。
大人の判断や習慣で子どもをしばることのないよう、
子どもが自分で判断し自分で正しく行動していけるよう、導く智恵をお与えください。
感情的にしかるのではなく、正しく注意してやれますように。
道理にかなった希望はできるかぎりかなえてやり、
彼らのためにならないことはやめさせることができますように。
どうぞ意地悪な気持ちを取り去ってください。
不平を言わないように助けてください。
こちらが間違った時にはきちんとあやまる勇気を与えてください。
いつも穏やかな広い心をお与えください。
子どもといっしょに成長させてください。
子どもが心から私を尊敬し慕うことができるよう、
子どもの愛と信頼にふさわしい者としてください。
子どもも私も神様に生かされ、愛されていることを知り、他の人々の祝福となることができますように。

                                                      (C. C. Mayer)

 

 

  上記の祈りは、荻窪にある衛生病院の産婦人科待合室に掲げられている「親の祈り」と題された祈りです。数年前、この病院で出産された相愛幼稚園のお母様から教えてもらい、とても感動しました。ただ感動しただけではありません。親として身につまされました。この祈り手であるC. C. Mayerという人がどういう人なのか私は知りませんが、本当に良き親になろうと努力し、祈り求めた人だと思います。私がこの祈りから教えられたことを述べてみます。

 

  まずこの人は「もっとよい私にしてください」と祈ります。自分がよい人間、よい親でないことを知っているのです。この「よい」とは子どもの言いなりになる親ではありません。子どもの話をよく聞き、子どもを理解しようとする親です。それを一言で表せば、親の尺度で子どもを測らないということです。子どもが傷つくのはありのままの自分を受け入れてもらえない時だからです。親の目から見た子どもの失敗や間違いを感情的に指摘し褒めることをしない。それが自分の判断や習慣で子どもを縛ることであり、子どもの成長より自分の欲求を優先させることです。

 

  親として忘れてはならない智恵、それは相手から見て自分がどんな存在として映っているかを知ることです。つまり親子でも夫婦でも同じ考え方、生き方、感じ合方をするわけではありません。かく言う私も自分を棚に上げて物事を考える張本人ですし、私の家族がその証人です。この祈り手は、それをわきまえ知ることができる智恵を求めているのです。

 

  私の心に最も深く響いたのは、「こちらが間違った時にはきちんとあやまる勇気を与えてください」と「子どもといっしょに成長させてください」という部分です。私が親を尊敬できるようになったのは、親が自分の過ち(小ささ)を認めた時でした。だから私もそんな勇気をもって子どもと向き合えるよう、祈り求めたいと思います。子どもも私たち親も共に神様に愛されている神の子なのですから。

                        〔 相愛教会牧師 真壁 巌 〕  

 

 

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