相愛幼稚園と相愛教会

 相愛教会の創立60周年記念礼拝が2010年11月21日にもたれ、その時に、「相愛」の歩みを振り返りました。その歩みは、幼稚園の歩みでもあるので、幼稚園に関わることを書かせていただきます。

 
 武蔵野相愛幼稚園の創設者であり、前理事長の黒田成子先生の父である白石牧師は、          1925年(大正14)に、米国から帰国し、北海道旭川六条教会に就任しました。その時、白石トク夫人が教会で相愛幼稚園を始めました。1935年(昭和10)に、白石牧師は健康上のこともあり、教会を辞任し上京しました。その際、教会は相愛幼稚園を閉園しました。そこで、白石夫妻上京後、吉祥寺に開園される幼稚園は「武蔵野相愛幼稚園」となりました。


 白石トク夫人は1935年(昭和10年)1月号「婦人之友」に、その時の気持ちを書いておられますので、ご紹介します。
 「幼児たちを集めて神の国を目指して生活したい。/〜屋外で出来るだけ自然に親しむようにし、まだ這い這いするような子供たちの組も作って、宗教的空気の中で遊ばせたい。/そこでは、静かなきれいな音楽もきかせましょう。軽いしかし幾分大きい積木も備えつけて自由に遊ばせましょう。/〜朝の礼拝を終ったあとは、疲れたものは憩い、すすみたいものは、そのみち溢れる力を自由に用いさせたらどんなに楽しいことでしょう。/今度住む処は土地にも気候にもめぐまれていますから出来るだけ屋外を利用しましょう。花壇や畑を子供達と一緒につくって、神様の愛は土の中にも働き給うことや、美しい花、飛び交う蝶にも心をきよめ、よい観察もしましょう。/子供達の名が記された畑からの収穫に、驚きの目で見る大根や人参をお惣菜にして、食事を共にして段々には偏食をなくしたら、どんなにうれしいでしょう。〜」


 幼稚園を開園することになった時に、友人から「これだけの場所があるなら、伝道もすべきだ」といわれ、幼稚園開園と同時に、日曜礼拝・日曜学校が始まりました。しかし、白石牧師夫妻の中では、まず、「幼稚園ありき」でした。
 白石牧師夫妻は、幼稚園を決して個人のものとは思っておられませんでした。神さまのものであり、神さまから与ったものでした。


 しかし、1939年(昭和14年)には、戦時中のため礼拝は止め、1944年(昭和19年)11月には、幼稚園も閉鎖しました。白石トク園長は、1964年(昭和39)4月号の「相愛だより」で、当時を振り返って、「〜勿論、たのしいことやら、うれしいこともありましたが、イヤなことは戦時中、さんび歌やお祈りを禁ずるようなしむけをうけましたので、私は昭和19年11月空襲烈しき中を、途中幾度か待避しつつ、あの五日市街道を何時間もかかって歩いて市役所へ休園届の手続を出してしまったことをおぼえています。〜」と書いておられます。 

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  終戦となり、1947年(昭和22年)8月に日曜学校が、1948年(昭和23年)4月には幼稚園も日曜礼拝も新しい希望の中で再開されました。                                                                                そして、幼稚園再開から3年目のクリスマス、1950年(昭和25)12月に正式に教会としての第一回礼拝が守られ、相愛教会の60年の歴史は、ここから数えられています。1956年(昭和31年)に三鷹市牟礼に土地を購入し、教会は相愛幼稚園から独立しました。その後も、相愛幼稚園と相愛教会は、相互の深い関係の中で歩みをなしています。         

                         〔 理事長 長山 恒夫 〕