「助けて」と言えますか?

 

 1月8日、三学期の始業礼拝で「おおきなかぶ」の絵本を見ました。
 絵本を見終わって、
 「おおきなかぶはおじいさん一人の力では抜けなかったけれど、おばあさん、孫娘、犬、猫、ネズミがみんなで力を合わせたら抜けたわね。
 みんなには一人ひとり、頑張る力があるけれど、困ったことになった時や一人ではどうにもならない時、先生や友だちに『助けて』って言えばいいのよ。
 そして、みんなには助けてくれる人が傍にいるってことを忘れないでいてほしい。」と子どもたちに伝えて、三学期のスタートを切りました。
 神さまは初めての人間をお造りになった時、
「人が独りでいるのは良くない」と彼に合う助ける者を造ってくださったのですから…

 

 さて、1月21日のNHK「クローズアップ現代」をご覧になった方はいらっしゃいますか?
 この日のテーマは「助けて≠ニ言えない」でした。昨年10月、「助けて」の言葉が言えず、孤独死した30代の男性を取材し、放送すると、直後からインターネット上のブログには書き込みが急増し、その数は三日間で2000件を超えたといいます。孤独死した男性は生活が困窮し、命に危険を及ぼしかねない状況になっても誰にも相談することはありませんでした。そうして、その状況に共鳴する書き込みをしてきた多くは、家族、友人、地域との繋がりを断ち切り、社会から孤立し、こうした状況になったのは自己責任だと自らを責め、「助けて」の言葉を拒み続けている30代の人たちだというのです。
 番組は「助けて」と言えない30代の実像を継続取材したものでしたが、私はこの番組を見て、何ともやるせない気持ちにさせられました。

 

 人はどんなに幼い子どもでさえ、自尊感情を持ち、明日は今日よりもっと良く生きようとする存在なのです。しかしながら、一方では心ならずも罪を犯し、間違いや失敗をする者でもあります。

 

 来る2月5日、私は礼拝で「放蕩息子」のたとえ〔ルカによる福音書15章11節〜24節〕を子どもたちに語ります。
 父親のもとを離れて、放蕩に身を持ちくずした息子が悔い改めて、父親のもとに帰ってきたとき、父親は喜んで息子を迎え入れたという内容です。

 数年前の幼稚園礼拝でこの箇所を扱った時、話を聞いた後で「甘いよ」と言った子がありました。
 そうでしょうか…

雪の日の幼稚園

  人生のさまざまな場面において行き詰まりを感じる ことにこれから幾度となく出会うであろう子どもたち。

  自己責任という名のもとに自分を追い込むだけでなく、「助けて」と言う勇気を持つことと立ち返る場がある 恵みを感じてほしいと心から祈りつつ、私は今、礼拝の準備をしています。                                                                                               〔園長 佐川 曜子〕

  2010年2月2日 雪景色の園庭