黒田 成子先生を天に送る

 

 私たちの学園の理事長である黒田成子先生が92年の生涯を終えて、主のみもとに召されたのは、2007年5月24日でした。
 年を重ねられ、近年は幼稚園に来られることが少なくなっていましたので、在園児や保護者の皆様の中には、黒田先生をご存じない方もいらっしゃることと思います。

 

 黒田成子先生は1914年10月11日、相愛幼稚園の設立者、白石多幸牧師とトク夫妻の長女として生まれました。父親である白石牧師の伝道に伴い、3歳から11歳までを米国カリフォルニアで過ごしたことからその英語力は抜群でした。
 1936年に同志社女子専門学校(現女子大学)を卒業後、四年間相愛幼稚園で教師として勤めた後、黒田直竹氏と結婚。しかし、結婚後、10年しても子どもに恵まれなかったことから一念発起して保育の道に専心することになりました。
 35歳にして、東洋英和女学院短期大学に入学し、若い学生にまじって保育科で学びました。また、内外協力会の留学生試験に合格し、1952年から二年間、米国のナショナルカレッジ・オブ・エジュケーション大学院で教育修士号を取得、更にギャレット神学大学で児童の宗教教育を専攻しました。
 この勉学の成果が認められて、帰国後は直ちに1954年から母校、東洋英和女学院短期大学に勤務。東洋英和幼稚園主任、同短期大学保育科長、図書館長等を歴任し、専任教授として30年にわたり、保育者養成に当たりました。
 相愛幼稚園との関係は、留学から帰国後、「顧問」として相愛の保育の充実に貢献され、1977年の白石トク園長召天に伴い、園長に就任し、1990年の退任まで園長として、そして、召される日まで理事長として務められました。
 黒田先生は研究者であり、同時に実践者でもあったことは、武蔵野相愛幼稚園と東洋英和幼稚園の現場で実証されました。
 また、理論研究と実践だけでも忙しい中、国際的な講習会においては同時通訳を務めたり、キリスト教保育連盟の理事長を務めるなどの働きもされました。
 このように、日本のキリスト教保育界のリーダーとして華麗な経歴をもつ先生ですが、時にお茶目で周囲の人たちから愛されていました。
 30年程前の「相愛だより」の黒田先生の自己紹介文では、
 「めったに幼稚園に現れない。しかしたえず“相愛”のことを遠くから見守っている「顧問」です。趣味は惣菜作り。母、白石トクは白髪頭。私は黒田だから黒い頭かといえばー親に似て白髪頭です。母があまりにも几帳面だったので、反発した青春を送りました。好きな食べ物は、ジャガイモとパンです。」と記されています。

 

 黒田成子先生は天に召されましたが、先生に教えていただいた多くのことを受け継いで、キリストの愛に立って保育を続けて参ります。

 黒田先生、これからは天上の『顧問』として、“相愛”を見守っていて下さい。

〔 園 長 佐川 曜子 〕