安心していこう! イエスさまはいつも共におられます。

 

 私は小学校低学年の頃に、局部麻酔でしたが小さな手術をしました。その日の朝は不安と恐れでたまらなかったと記憶しています。不安と恐れの中にあった私に対して、牧師である両親はこう言いました。「パパとママは代わってあげられないけど、イエス様はずっとそばにいるから安心していいよ」と、一緒にお祈りをしました。子ども心に少し心が軽くなったと記憶しています。
 目に見えない存在を信じるということはそう簡単ではないと思います。けれども、私たちが生きていくための空気や私たちに注がれている沢山の人からの愛情は目に見えないけど、確かに存在します。

 聖書の中にも、不安と恐れの中にいた人たちがいました。イエス様が神様のところに帰ってしまうことにとても不安だったのはイエス様のお弟子さんたちです。今までずっと一緒だったのに、神様のところへ行かれてしまうのは、とても、悲しいし、心細い、これからどうしようという気持ちでした。不安の中にいたお弟子さんたちにイエス様は言ってくれました。私はもうみんなと一緒にいられないけど、新しい力、それは聖霊と言いますが、「聖霊を送るよ。」と言ってくれました。
 そして、イエス様が天に昇られてから、お弟子さんたちがみんなで集まってお祈りをしていると、そこに不思議な神様の力、聖霊なる神様が与えられました。お弟子さんたちは聖霊からたくさんの力をもらって、イエス様のことを多くの人に伝えました。イエス様の言葉は時を超え、場所を超えて、世界中にたくさんの教会が生まれました。そして、相愛教会にも、相愛幼稚園のみんなのところにもイエス様のことが伝わったのです。


 私たちの目には見えないけれども、確かにイエス様はずっと一緒にいつもいてくれる、そう信じることができるなら、とても幸いなことでしょう。
 私たちは今不安と恐れの中におります。目に見えないウィルスに怯え、肉体の健康への恐れだけなく、人と会うことを控えなければならない中で、心もまた不安を覚え、恐れの中に置かれております。幼い子どもたちの世話を委ねられている私たちもまた一層不安や恐れを覚えます。
 私たちは限られた一時、子どもの世話をする役割を与えられております。時を経て、幼稚園へ、小学校へ…。そしていつか、自分の手を離れる、離れなければならない時が来ます。それは親として、子どもとの別れをしなければない時が必ず来るということです。それは悲しみでも、成長という喜びでもあります。けれども、私たちは最後、愛する子どもたちを誰の手に委ねるのでしょうか。信頼できる相手、安心できる存在に委ねたいと思います。


 相愛幼稚園が大切にする神様はいつでも、どこでも私たちと共に、一緒にいてくれます。小さな存在である私たちひとり一人を豊かに愛して下さり、私たちの喜びを一緒に喜んで下さり、悲しみを一緒に悲しんで下さる神様です。だから、私たちは何でもイエス様にお話し、お祈りしていいのです。子どもも大人も不安なこと、怖いこと、悲しいこと、もちろん、嬉しいこともたくさんイエス様にお話して下さい。イエス様は一緒に悲しんでくれます。そして、一緒に喜んでくれます。たくさん慰めてくれます。助けてくれます。私たちは、この神様、イエス様のお父さんである神様、見えない力をたくさん送って下さる神様に安心して、身を委ねて、日々を過ごしたいと思います。

                      〔 相愛教会牧師 長尾 ハンナ 〕


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聖書のことば

「野原の花がどのように育つかを考えてみなさい」

                    〔 ルカによる福音書12章27節 〕