主イエスと共に

 

 2020年4月。新年度第一号、4月の相愛だより巻頭言にどのような文章が相応しいのかと思案に暮れました。
 “明るく、希望に満ちた4月号を!”との思いをもって執筆する例年ですが、今年の春は、いつもの春と違いました。
 昨年度の終わりから猛威を振るう感染症の拡大が収まらない中で、「新年度の保育は開始できるの?」と、見通しが立たない中で4月を迎えました。
 一日も早くこの事態が収束しますようにと祈るばかりです。

 私は、今回の新型コロナウィルス感染症の騒動が、目に見えないものへの不安という意味で、2011年の原発事故に伴う放射線に対する健康不安の時と似ているようにも感じています。9年前の東日本大震災後、『夜と霧』の著者として有名なV.E.フランクルの著書『それでも人生にイエスと言う』が改めて注目を集めていました。
 彼はこの本の中で、
 「私は以前、新聞で、難破した夫婦を描いた一コマ漫画を見たことがあります。その夫婦は、大洋のまっただ中で、小さないかだに乗ったまま漂流しているところです。夫のほうは、不安いっぱいの表情で、無駄なことは明らかなのに、自分の白いシャツを振って、見えもしない船に合図しています。けれども、妻のほうは、いかだの上にひざまずき一所懸命にたわしで丸太を磨いているのです。」と、一コマ漫画に描かれた夫婦の様相を紹介しています。
 このとき、フランクルは不安な表情の夫よりも、懸命にいかだを磨いている妻のほうに良き人生の実現を見ています。また、彼は、妻は望みがないと思える状況のなかで、正しく堂々と振舞っていると評価し、苦悩のなかでさえ意味のある人生を実現できるのだと述べています。
 フランクルはアウシュヴィッツの強制収容所に入れられ、生き延びた人です。その彼が、「逃れられない事実であっても、その事実にどんな態度を取るかによって、生きる意味を見いだすことができる。」と言っています。


 今の私たちにフランクルの思想を当てはめてみますと、逃れられない事実とは、感染症が拡大している昨今の現状でしょう。しかし、そのような中で、私たちの取るべき態度とは何か? を考えるとき、
 「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。」
                 (新約聖書 ヨハネの手紙T 4章7節)
の “ 相愛の精神 ” に他ならないと思っています。 
 すべての人は、神様から愛されている尊いかけがえのない存在です。神様から託された子どもたちと共に神様の愛を感じ、その愛に応えて互いに愛し合う者として、一日一日を大切に歩むこと。これこそ私たちの取るべき態度でありましょう。それは、今年だけに限った特別のことではなく、武蔵野相愛幼稚園創立以来の幼稚園の在り方です。

 

 2020年度の始業日に定めている4月9日の金曜日は、イエス・キリストが十字架につけられた受難日です。しかし、それから三日目の朝早くイエス様は蘇られました。
 4月12日の日曜日は、イースター(復活祭)。
 ここから新しい命がはじまるのです。
 復活のイエス様が共に歩んでくださる希望を頼りに、謙虚さと勇気をもって新年度を始めましょう。
 本年度もよろしくお願いいたします。

  〔 園長 木ア 曜子 〕     

 

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聖書のことば

「 あなたがたは神に愛されている子どもです。」

                   〔 エフェソの信徒への手紙5章1節 〕