『おおきな木』より

 

 11月の年長礼拝で、ばら組さんたちに『おおきな木』(シェル・シルヴァスタイン作絵:篠崎書林)という絵本を紹介しました。

 

 こんな内容です。

 大きなリンゴの木がありました。一人の男の子と仲良くなり、毎日一緒に遊んでいました。ところが男の子が少し大人になると、ぱったり来なくなりました。

 ある日、その子がひょっこり現れ、木は大喜び。「さあ、ぼうや、私にお登りよ!」でもその子は「ボクはもう大きいんだよ。木登りなんて。それよりお金をちょうだい」。木は困りました。自分にあるのは葉っぱとリンゴの実だけ。考えたあげく「それじゃ、リンゴを採って町で売ったらいいよ」。男の子はリンゴの実を全部もぎとって行きました。木は それで「うれしかった」のです。

 何年ぶりでしょう、すっかり大人になった男の子が木の所に来ると、木は大喜び。でも男は「今度は家が欲しい」と言いました。木は「私には家はないのだよ。でも私の太い枝を持って行けば家はできるはず」。男は枝を全部持って行きました。木は それで「うれしかった」のです。

 だいぶたってから男は戻って来ました。木は大喜び。でも男は「悲しいことや辛いことばかり。どこかへ行ってしまいたい。お前、船をくれるかい」。幹だけになってしまった木は困りました。

 そこで「私の幹を切り倒し、それで船をお造り。遠くへ行けるよ」。男は言われる通りにし、どこかへ行ってしまいました。木は それで「うれしかった」のです。だけど、それは ほんとかなぁ…

 最後にすっかり年をとった男は木のところに戻って来ました。木は大喜びしますが、少し悲しそうに言いました。「すまないねえ、ぼうや、なにかあげられたらいいんだが、今の私には何もない。リンゴも枝も幹もない。今の私はただの古ぼけた切り株だから…」。すると年寄りになったその男は「わしは今、たいして欲しいものはない。座って休む、静かな場所がありさえすればいい。わしはもう疲れ果てた」と言いました。木は精いっぱい背筋を伸ばし「それなら、ここでずっと休んでいればいい。切り株だけの私はちょうどいい腰掛けだ。さあ、ぼうや、腰かけて」。男はそれに従った。木は それで本当に「うれしかった」のです。


 いかがでしたか?

 この本の原題は「The Giving Tree(与える木)」です。大きなリンゴの木は自分を与え続けて、わがままな人間を愛し続けていきます。最後にやっとこの男の人は木の大切さに気づいて戻って来ました。 なぜか私は毎年クリスマスになると、この絵本を読みたくなります。それはきっとこの木に、独り子をお与えになったほどに私たちを愛してくださった神様を感じるからだと思います。

 今も神様は私たちを愛し、待ち続けて「うれしかった」と言われます。

〔 相愛教会牧師 真壁 巌 〕   

 

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聖書のことば

     「 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。      

    独り子を信じる者が一人も滅びないで、   

                永遠の命を得るためである。」     

                         〔 ヨハネによる福音書3章16節 〕