一人で遊んでもいいの?

 

 9月末、来年度入園該当年齢の子どもを持つ親御さんを対象にした説明会が行われました。
 幼稚園の一日の流れを説明した際、「午前と午後にある自由な遊びの時間は、友だちと一緒に遊んでもいいし、一人で何かに取り組んでもいいし…」と私が申しましたら、説明会終了後、それについて数人の方と話をする時がありました。
 一人のお父さんは、「実は、私も一人で遊ぶのが好きな子どもだったのです。今日の話を聞いて、それでもいいんだと感じました。」と。
 また、別のお母さんは、「自由な時間だから、人と関わってもいいし、一人で遊んでもいい。それはわかっていても、やっぱり友だちと遊んでほしいなと思うんですよね」と。

 幼稚園にいる時、一人で遊んでいる子どもを目にしたら、大人はどのように感じるのでしょう?
 一般的には負の印象が強いのではないかと思います。

 幼児期の生活のほとんどは遊びによって占められています。子どもたちは一人ひとり遊びの中で主体的に周囲の物や人といった環境に働きかけていくことで、多くのことを学んでいきます。さらに、その遊びが、集団生活の場で繰り広げられるところに幼稚園生活の意味があります。ですから、幼稚園でわが子がうまく人間関係を作り、友だちと一緒に遊べているのか気になるという保護者の心情も十分に理解できます。
 しかしながら、幼稚園では、仲間と群れて遊ぶ姿ばかりが望ましい子ども像とは考えません。自由な遊びの時間に子どもの意思によって子ども自身が一人で遊ぶことを決めた時には、これを見守り、保障します。
 保育者は、子どもの遊ぶ姿をよく見て、必要な援助をします。たとえば、一人で遊んでいる子どもが、遊びの主体としてその遊びを自分の心情に従って選び、創造したり、工夫したりしながら没頭して楽しんでいるのか、それとも、特にやりたいことが見つからず、他の子どもとも遊ばず、仕方なしに一人でいるのかを見極めます。
 そして、後者の子どもに対しては、その子の興味や関心のあることを一緒にしてみたり、子ども同士をつなげる仲立ちをしたりして、遊び始めるための興味を喚起するような援助をします。

 さらに、私たち保育者は、子どもの姿から関心や思いを読み取り、子どもが遊びに集中できる環境を整え、遊びの質を高めたいと願っています。それは、生涯にわたって自ら学ぶ力の土台が、まさにこの時期の遊びを通して育つからです。ある時は仲間とともに、また、ある時は一人で、子どもが時間の経つのも忘れて、楽しさやおもしろさを味わいながら遊び、その中で経験した様々なことによって、思考力や人間性などの基礎を育んでいくのです。そして、そこで培われた心の育ちや意欲が、今後の子どもたちの生きる力となるのです。
 子どもの理解者であろうとする保育者の役割として、子どもが仲間とともに育ち合う重要性と同じように、一人で遊びに没頭する意識や心情、その意味と価値についても伝えていきたいと感じています。

〔 園長 木ア 曜子 〕 

 

 

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聖書のことば

「 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、

わたしもその中にいる 」

                〔 マタイによる福音書18章20節 〕