祈りつつ歩む

 

  6月の半ば、コルクの積木で車(タクシー)を作って遊んでいた時のことです。ドライバーの私は、次々に乗車するお客さんの行き先に応えて運転をしていました。すると、「僕が祈ってあげまーす!」と年中・すみれ組のA君が駆け寄ってきて、「安全にお客さんを運べますように…」と祈ってくれました。

 

 

 祈りは神さまとの対話です。私たちの園はキリスト教主義の幼稚園ですから、定められた礼拝の時間のほかにも毎日の園生活の中に祈りがあります。

 

 6月23日(火)は、まもなく出産前の休暇に入る担任の久永あや教諭をおぼえて、
年長・ばら組の子どもたちがもう一人の担任の菅原茉莉教諭と企画・相談し、密かに準備を進めてきた「パーティー(壮行会)」を行いました。

 午前の遊びの時間が終わった10時50分から降園時間の午後2時まで、手作りのくす玉割りやゲーム、記念撮影、焼きそばパンでの会食、花束贈呈と心づくしのプログラムが続きました。

 この日はちょうど、保護者対象の「聖書の会」があり、相愛教会の真壁牧師がいらしていましたので、聖書の会を終えた真壁牧師も壮行会に参加してくださいました。

 そして、会食に先立ち、食前の感謝の祈りと合わせて、久永先生の出産が守られますように…と安産の祈願も込めて祈ってくださいました。

 「アーメン」と全員で唱和した後、私の隣に座っていたBちゃんは満面の笑みを浮かべて、「よかったね。赤ちゃんのこともお祈りしてもらえて…」と囁くように言うと、まわりの子どもたちも嬉しそうに頷きました。

 牧師先生のお祈りがその場に集う一人ひとりの心に大きな安心感を与えてくださったのです。

 

 また、このクラスには5月の初めに父親を天に送った子どももいます。その時は、担任の菅原茉莉教諭が神さまの慰めを祈りました。

 

 

 キリスト教における祈りは利益(りやく)を得るためのものではなく、また、祈れば魔術のようにその答えが直接的に得られるものでもありません。

 祈りは神さまが私たちに最善を備えてくださると信じて神さまと対話をすることです。それは、神さまから私たち一人ひとりに与えられている贈り物です。

 

 毎日の生活の中には、喜びや感謝、また、苦しみや悲しみ、怒り、悩み、不安や心配などいろいろありますが、武蔵野相愛幼稚園は折にかなって共に礼拝し、祈りつつ歩んでまいります。

 私たち人間をつくってくださった神さまに信頼し、自分の持つ弱さを神さまの前で語ると共に私たちを導き、愛してくださるイエス様に従って歩む勇気や思いをもてますようにと祈りながら…。

  〔 園長  木ア 曜子 〕 

 

聖書のことば

主はわたしたちを造られた。
わたしたちは主のもの、
その民 主に養われる羊の群れ 

                                       〔 詩編100編 3節 〕

 

 

  〜パーティーの様子〜

CIMG0337.jpgくす玉を割って、パーティースタート!

 

 

 

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 昼食は久永の好きな焼きそば(パン)     梅ジュースでかんぱ〜い!   




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おかわりも自分達で作りました。パンがなくなっても、「焼きそばだけ食べる!」

 

 

 

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各家庭で咲いている花と、歌のプレゼントを贈りました。

 

 

 

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2015.6.23 年長ばら組