「エデンの園」の出来事から

 

 秋も深まってまいりました。 
 幼稚園では今月半ばに収穫感謝祭の礼拝を守り、それが終わるとクリスマスの準備を始めるアドヴェント(待降節)に入ります。 


「なぜ、クリスマスにイエス・キリストが生まれる必要があったのか?」
 人は神様に創造された存在であるにもかかわらず、神と離別し、自分勝手な生き方をする記事を旧約聖書から聞き、私たちの罪の故に救い主が来てくださったことを子どもたちと共に礼拝を通して感じながら、クリスマスを迎えられるように今年度の礼拝のカリキュラムは組まれています。
 

 

 10月3日の礼拝では、旧約聖書3章から「蛇の誘惑(エデンの園)」の話を
聞きました。


 「神様によって造られた一番初めの人間はアダムとエバでした。二人は『エデンの園』という楽園に住んでいましたが、神様とひとつだけ約束したことがありました。それは、園の真ん中にある木の実だけは食べてはいけないというものでした。しかし、ある日、蛇が出てきて、「大丈夫だよ。これは美味しいよ。食べると神様のように賢くなれるんだ」と誘ったので、とうとうエバは食べてしまいました。そして、夫のアダムにも食べさせてしまいました。二人は神様に食べてはいけないといわれた木の実を食べてしまい、神様に見つかっていいわけをします。 「蛇が誘ったのです」「エバが悪いのです」と。
 約束を破った二人はエデンの園を追放されました。しかし、その時も神様はアダムとエバに皮の衣を作って着せてくれ、自分たちの力で土を耕し生きていける道を備えてくださいました。」


 礼拝後、エバをそそのかした蛇に対し、年中・すみれ組のA君が「ヘビは神さまが言っていることを『食べても大丈夫だよ』と間違って聞き取ったんじゃない?」と言うと、その言葉に賛同する子どもが何人かいたのです。

 蛇の誘惑の話を聞いて、このような感想を私は初めて聞きました。聖書の注解書によれば、この箇所の説教のポイントとしては、
・人は自分の失敗や誘惑に負けたことを認めずいいわけをし、他者に責任を転嫁しがちである
・神様を前にいいわけをすることの罪
・約束を破ったにもかかわらず、神様は皮の衣を用意して生きる道を備えて下さる方
などと書いてあります。
 ですから、それからすればA君の思いははずれています。けれども、私はA君の発想を「なかなかおもしろい!」と感じました。

 

 相愛幼稚園の自由で自発的な遊びの時間は、自分を生かし、自分を律し、自分で責任を取り、人を尊重し、相手の思いを想像して気持ちに寄り添うものです。
 その中で生きる子どもは、簡単に他者のせいにするのではなく、相手にも何か理由があるのでは? と想像して考える子どもとして育っていますし、育って欲しいと願っています。

 

 

〔 園長  木ア 曜子 〕

 

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聖書のことば

「 大地は作物を実らせました。」

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