創立記念日にあたって思うこと

 

 6月は6つの養成校から8名の教育実習生が来ましたが、その中に相愛幼稚園の卒園生が一人いました。大学4年生になるSさんは幼稚園の頃はおとなしくてどちらかというと目立たない女の子でしたけれど、「幼稚園時代が楽しかったから!」と幼稚園教諭をめざしています。


 Sさんの年長組の時の担任であった私は大変嬉しい気持ちで今回の実習を引き受けるとともに、あるテレビドラマの一場面を思い出していました。


 皆さんの中にはNHKの連続テレビ小説「花子とアン」をご覧になっていらっしゃる方もあるかと思います。モンゴメリの小説「赤毛のアン」を訳した村岡花子の半生を描いたドラマです。私はこの番組を興味深く見ているのですが、5月17日の放送は、はな(花子)の修和女学校卒業式の日のシーンでした。
 以下、修和女学校のブラックバーン校長先生が生徒へ向けて述べたはなむけの言葉です。

「今から何十年後かにあなた方がこの学校生活を思い出して、あの時代が一番幸せ
だった、楽しかったと心の底から感じるのなら、わたしはこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。
人生は進歩です。若い時代は準備のときであり、最上のものは過去にあるのではなく将来にあります。
旅路の最後まで希望と理想を持ち続け、進んでいくものでありますように。」

 私も園長としてこの言葉に同じ思いを抱いています。


 ドラマの舞台である修和女学校は、この物語の主人公村岡花子が実際に通っていた東京・麻布鳥居坂にある明治の初めにカナダ人宣教師によってたてられた「東洋英和女学院」です。


 東洋英和女学院は武蔵野相愛幼稚園と関係の深い学校です。


 武蔵野相愛幼稚園の第三代園長であり、前理事長の黒田成子先生は1952年から二年間米国で教育学と宗教教育学を学び、帰国後、1954年から母校東洋英和女学院短期大学に勤務し、東洋英和幼稚園主任、同短期大学保育科長、図書館長などを歴任し、専任教授として30年にわたり、保育者養成に当たりました。ですから、武蔵野相愛幼稚園は今でも東洋英和女学院大学で幼稚園教諭をめざして勉強する学生の実習園としての役割も果たしていますし、保育者の中には東洋英和出身の者も多くいます。

 

 7月1日に武蔵野相愛幼稚園は創立記念日を迎えました。今年で創立78年、卒園生総数3,124名、武蔵野市にある幼稚園の中で一番歴史の長い幼稚園になりました。

 ここで過ごした子どもたちが幼稚園での生活を思い出してあの時代が幸せだった、楽しかったと感じながらも、そこに留まることなく、この場を出発点として希望と理想を持ち続けて進んでいく人でありますようにと祈りつつ歴史を積み重ねていきたいと願っています。


〔 園長 木ア 曜子 〕

 

 

 

aaaa.jpg聖書のことば

「 たがいに あいしあいましょう 」

                      ヨハネの手紙T 4章7節