クリスマスの嬉しい再会

 

 今から三年前、日本キリスト教団出版局から季刊「教師の友」(2011年1・2・3号)への原稿執筆依頼がありました。それは、
  特集 「子どもと迎える新しい年」
      −子どもを送り出すとき−
      幼稚園・保育園・学校教師の祈り
という記事の一頁を私が担当するというものでした。


 私自身、幼稚園の保育者として年長組の子どもたちを送り出す立場にありながら、日曜日には教会学校の教師として、子どもたちを迎える立場にある者として、この時、真っ先に思い浮かんだのは、
 「幼稚園とその先生とは、あの泉のほとりの 『菩提樹 (リンデンバウム)』 のように、人々が喜びにつけ悲しみにつけて立ち返る場所の意義をもっています。ドストエフスキーは、両親とともに過ごした幼年期、少年期の家庭生活の追憶は、挫折した人を立ち上がらす力をもっているといいます。学科の習得や成績評価がはいってくる小学校とちがって、幼稚園の生活には、ドストエフスキーのみとめる機能が含まれています。それは、『菩提樹』 のように、私たちが後からも繰り返し立ち返って憩い安らぎ、生きていく勇気を取り戻す場所です。」 (『幼な子に生きよう』 キリスト教保育連盟発行52頁より)という、かつて読んだ古い保育書の中の言葉でした。
 原稿にはこの文を紹介し、「日曜日には文中の 『幼稚園』 を 『教会学校』 に置き換えて子どもたちを迎えたいと願うのです。」 と書きました。

 

 武蔵野相愛幼稚園は相愛教会の教会学校の分校として幼稚園舎が使われていて、教会学校に通う卒園児は日曜ごとに懐かしい園に帰ってきては、友と再会し、喜び、歌い、神様の愛に触れ、再び送りだされるのです。

 

 その相愛教会学校のクリスマス会が、年末の12月23日に行われました。昨年の会場は三鷹小鳩幼稚園でした。相愛幼稚園の教師たちは全員で教会学校のクリスマス会に出席し、ページェントを捧げる卒園児たちの成長を嬉しく見ていました。
 そして、この会場に 「ニューヨークに行っても神様を信じています」 と言って昨夏渡米した小学三年生のT君とそのご家族の姿を見つけました。
 T君のご家族が年末年始の休暇を利用して日本に一時帰国なさったのは12月22日でした。それは、幼稚園の終業日の二日後で、教会学校クリスマスの前日のことでした。
 T君のお母様は 「教会学校のクリスマスに来れば幼稚園のお友だちや先生方にきっとお会いできると思って!」 と確信に満ちた笑顔でおっしゃいました。
 なんて嬉しいことでしょう!
“ここに来れば、必ず会える” という場所があるということは!!
 先のクリスマス、私たちはT君ご家族と5ヶ月ぶりに嬉しい再会を果たしました。

 

  新しい年を迎えました。相愛幼稚園で過ごした子ども一人ひとりにとって、幼稚園が嬉しいにつけ、悲しいにつけ、どのようなときも立ち返って憩い、安らぎ、生きていく勇気を取り戻す場でありたいと願いつつこの年も歩んでまいります。 

〔 園長 佐川 曜子 〕

 

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  「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。」
                                                     
(ヨハネによる福音書1章9節)